すなーおに、すなーおに考えてみて。

以前は一つの記事を書くにもずいぶん時間をかけていたんだなぁ。
我ながら 『ようがんばってるやん』と思います。
今日もこの記事と同じ場面に出くわしましたので、再度載せておきます。

28÷4+16÷4=(28+□)÷4
上の計算で□の値を考えている女の子を見ているうちに、もう7年ほど前の保護者の方とのやりとりを思い出しました。

そのお母さんはお家で、左辺を計算して出た答えをもとに□の値を求める方法を子どもに教えておられました。もちろんその方法でも良いのですが、式の意味を考えれば一瞬で答えを求めることができるという話を懇談の際にしたときのことです。

「先生の話はわかりましたが、でもわたしの方法でも良いのでしょう? その方が教えるのが簡単ですもん。答えが出たらそれでいいのじゃないですか?」
「答えは一つだけど、解き方はいくつもあるのが算数のおもしろいところです。より簡単で美しい解き方を見つけたときに算数がもっと好きになると思うのですよ。」
「でも考えている間に一問でも計算問題を解くことができるでしょう。子どもに考えさせるのは難しいです。」

どこまで話しても平行線でした。このお母さんの子どもは小学生の間は成績も良く、何の問題もないようでしたが、中学校に入ってすぐに成績は下がりクラブ活動にも身が入らなくなっていきました。

ここまで顕著な例は珍しいかもしれませんが、この仕事をしていると学ぶことを事務仕事のように思っている人に出会うことはよくあります。
短時間で数多く問題を『こなす』ことを子どもに強いるので、問題を考えるという余裕が子どもにありません。まして問題を味わう、なんて何のこっちゃ、という感じです。

一つの問題をあれやこれやとずっと考え続けると、不思議な現象を体験することがよくありますが『こなす学習』では体験することはできません。同じ時間をかけているのにもったいないなぁ、と思います。

数日にわたって考えても解けなかった問題が、お風呂に入っているときふと解き方を思いついてアッという間に解けてしまったり、寝て起きた時にひらめいたりということを体験された方はおられるのではないでしょうか。
前にも書いたように一度回りだした自転車の車輪は、そう簡単には止まらないのと同じように脳はずっと考え続けていたのですね。



冒頭の問題は次のように考えるとわかりやすいかと思います。


○昨日、28個の飴を4人で分けました。一人分は7個です。28÷4
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○今日、16個の飴を4人で分けました。一人分は4個です。16÷4
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○昨日の飴28個と今日の飴16個を合わせて4人で分けました。一人分は11個です。
(28+16)÷4
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