とんち小咄で笑える子は意外と少ないのはなぜか

ダイヤモンドオンラインの記事にとても興味深いことが書いてありました。
ちょっと長いのですが読んでみてくださいね。

子どもの論理性と想像力をとんち小咄で鍛える~賢者アーファンティ
子どもの発想力・自立心の鍛え方(7)
三谷宏治 [K.I.T.虎ノ門大学院主任教授]

この小咄(こばなし)、即座に笑えますか?

三女が小学4年生のとき、学校で国語の時間に、先生がこんなお話を読んでくれたそうです。
 ちょっと昔の中国のお話。

 草原で暮らす賢者アーファンティ。
 馬羊を飼い、その肉を食べ、その油を売って生活していた。
 ある時、いつも油を買ってくれる、万屋(よろずや)の主(あるじ)が来て曰く
「おいおい、前回お前さんから買い取った油、一斤(いっきん、約600g)に足りなかったぞ」
 アーファンティ、答えて曰く、
「おかしいなあ。天秤ばかりの重りが見あたらなかったから、前にお主(ぬし)から買った塩一斤を重りにして、それで量って渡したんじゃがのぉ」
 おしまい。

 先生がこのお話を読み終えたとき、即座に笑えたのはクラスに数人だけだったとか。多くの子は「えーっ、お話まだ途中ジャン」と。
 そんなものかと思い、友人たちにも子どもや知り合いに試してもらいました。それでもやはり、半分以上の子どもは「???」だったのです。
なにが、わからないか、わかりますか?
 子どもたちはいったい、なにが、わからなかったのでしょうか。なにに引っ掛かってしまったのでしょう。
 この小咄は、決してだまし合いのお話ではありません。アーファンティは中国では(トンチ和尚としての)一休さんのような存在だそう。彼は(一斤のハズの塩を誤魔化して少なめにして売りつけた)万屋の主を、うまく懲らしめようと思って、イタズラを仕掛けた訳です。
 この後、万屋が直ぐ謝ったか、すごすご帰って行ったかはわかりません。でも、きっと反省したことでしょう。
さて、ではなにが子どもたちの理解を阻んだのでしょうか。
 要は、万屋がアーファンティに売った「一斤の」塩が、実は一斤分なかった、というところに気が付くかどうかです。そこが分かれ目なのですが、そこに至るまでには実は、深い深い思考の壁が隠れています。
 第一には、書いてあることの全体が整理できるか。第二にはそれらをそのまま鵜呑みするかどうか、ということ。書いてあることを丸ごと信じたら、アウト、です。
 つまり、まずは全体として「矛盾」していることがわかるかであり、そこから「どこかにウソがあるはずだ」と考えて行けるかなのです。
・ アーファンティの売った油(A)を、万屋は一斤未満だと言っている
・ 万屋がアーファンティに売った塩(B)は、一斤。アーファンティが売った油(A)はそれと同じ重さのハズ
 A<1、でもA=B=1。これは明らかに矛盾しています!



矛盾の理解からウソの発見・特定へ

ここまでが全体の理解です。これがちゃんと整理できればまずは大丈夫。でも次にまだ大きな壁があります。
 矛盾している(なんかおかしい)ならば、どこかにウソがあるはずだ!
 こういう発想が出来るかどうかどうかが第二の壁です。書いてあることや人が言っていること(常識)は、必ずしも正しくないのですから。
 これらの等号や不等号のなかで一番確かなのが、A=B(天秤で釣り合った)とすると…「1>A=B」、と万屋は言ったことになります。
 つまり、B<1、万屋の売った塩は一斤未満、だったと。
 なんだ、万屋、アーファンティが誤魔化したって文句言ってるけど、そもそも自分が先に誤魔化してるんじゃん!
 確からしいものから繋げて組み立てて、ウソ(最も不確かなもの)を見つける。これが出来るかどうかが、三つ目の壁でした。
この小咄は、それ(万屋の自爆?)だけでも笑えますが、更にアーファンティがすっとぼけていることがわかれば、「ああ、アーファンティは、万屋を(権力や腕力でなく)トンチで懲らしめようとしているんだな」というところまでわかるのでしょう。
 子どもたちは(そして大人たちは)おそらくこういった「想像力」や「読解力」を発揮して、コミュニケーションを成り立たせています。
 なんだか矛盾してる(へんだ)ぞ、どこかにウソがあるのかな、もしここがウソだったら…、いやいやこっちがウソなのかな…。
 なかなか、深い小咄でした。



コミュニケーションの基礎、「想像力」をどう鍛えるのか

この小話に即座に笑えるのかどうか、は単純に「読解力」だけの問題ではありませんでした。「想像力」の面が大きいのです。
 矛盾が読み取れたとしても、そこから「誰かの何かのウソ」と発想が飛ぶか、「もし誰々がこういうウソをついていたらどうなるか」と発想を進めていけるか、そこが問題です。
 そしてこの力は、「素直なまじめな本」だけ読んでいては培えないものなのかもしれません。


 頭の体操、マッチ棒クイズ、トンチ話、推理小説、こういったものの効用をもっと真剣に考える必要があるでしょう。
 私が中学高校時代に一世を風靡したのが、多湖輝(たごあきら)さんの『頭の体操』でした。シリーズ全23巻は、通算で1200万部を売り上げたそう。2001年には『多湖輝の頭のたいそう・小学生版』が、05年には『頭の体操 四谷大塚ベストセレクション』が、09・11年にはベスト版も出版もされています。
 是非、家族で挑戦を!
参考資料・サイト
・「アーファンティ物語」ひろがる言葉 小学国語 4下(中由美子、教育出版、2002:参考『中国の民話』 君島久子 筑摩書房)
・『頭の体操〈第1集〉』(多湖輝、光文社知恵の森文庫)






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親の生活習慣の模倣

私も多湖輝さんの『頭の体操』が大好きで、若い頃にほとんど読みました。

息子は幼い頃から私の本棚の(興味のある)本を選んで読んでいましたが、
『頭の体操』もその中の一つだったように思います。

世間には「子が親に似るのはDNAのせい」と思っている人がいるようですが、
私は単純に「親の生活習慣の模倣」が大部分ではないかと思っています。

例えば私の経験上、親に食べ物の好き嫌いがあると子もそれを食べません。
「ピーマンが嫌い」という子供は、実は親がピーマン嫌いという具合です。
そういう例をたくさん見てきました。

子育てにとって「親の生活習慣」は重要な要素だと思っています。
やはり「子は親の姿を見て育つ」ものですから。

2016.12.09 22:16 Lee #wr80fq92 URL[EDIT]
Re: 親の生活習慣の模倣

Leeさん、コメントありがとうございます。

「子は親の姿を見て育つ」本当にその通りです。
子育て中は誰もが無我夢中ですよね。気が付くと子どもは自分の背を越えている。
わぁ、もうちょっと巻き戻して子育てのし直しをしたい、と思ってももう遅い。

でもね、うちは まさに『反面教師』、親のふり見て我がふり直す?! で 子どもはしっかり育ってくれました。

Leeさんの息子さんは「子は親の姿を見て育つ」そのものです!! 素晴らしいです!!

2016.12.10 23:45 らふらっと #- URL[EDIT]

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