記念日になるでしょう。

「先生、今日ぼく、思いっきり蹴ってやった! あまりにもひどいいじめやったから。先生はどう思う?蹴ったことをどう思う?」
「そうやったん。先生も蹴っ飛ばしたかも。・・・どこを蹴ったの?」
「おなかを蹴るつもりやってんけど、・・・横っ腹を蹴った。」
「そうかあ、よほどやってんなぁ。でもおなかはやめた方がいいよ。」
「うん、ぼくもそう思った。でもね、本当にひどいねん。暴力をふるってくるねん。3人がかりで。悪口もひどい。授業中も。学校へ行きたくなくなるくらい。」
「やめろ、って大きい声で言うたんやね。授業中でも大きな声で。頑張ったなぁ。いじめられていることは恥ずかしいことではない。いじめる方が恥ずかしい行いなんやで。」
「うん、わかってる。学校の先生もぼくがいじめられていることに今日気付いた。ぼくが相手を蹴ったから。・・・ここまでしないと気付いてもらわれへんかった。」

いじめてくる子を蹴ってしまった罪悪感と初めて反撃に出た高揚感がない交ぜになっていたのか、この子は教室に入ってきてもしばらくの間 興奮状態で勉強が手につかないようでした。何度もため息をついてようやく落ち着きましたが、今日という日がこの子にとって大きな転機になるように感じました。




学習の根っこが育つ、実感教育。ラフラーン

学習教室ラフラーン

管理者にだけ表示を許可する