2011年07月 の記事一覧

畏敬

思えばわたしは子どものころから、まとまった休みがあれば、山や海・川などの自然を求めて出かける、というタイプではありませんでした。

どちらかと言うと、建築物や、都市計画・景観設計のように、人間の手が入ったものに魅力を感じるのです。
テレビ画面に流れる 海で遊びに興じる人たちの様子を見ながら、それが何故なのかとふと思いました。

高い山や広い海を目の前にしたとき、すがすがしさを感じないのかと言えば、けっしてそんなことはありません。深呼吸をして心の底から解き放たれる感覚に身をゆだねる心地よさはわたしにも理解できます。

でもそれは、冒険家と言われる人たちは別として、帰るべき日常が待っているから、または無意識に、身の安全が保証されていると感じているから自然の懐で遊ぶことができるのではないか、とぼんやりと思うのです。

大自然を前にすると、自分が本当にあるかないかくらいのちっぽけな存在に感じます。また、今は穏やかな表情を見せる自然が、牙をむく様子を想像すると、身が縮みあがり動けなくなることもあります。

そんなとき、山のふもとの家々や、波間に漂う船に目をやると、スッと心が落ち着くのを感じるのです。人がつくり、手を入れ、次の世代に伝えるものを確認したとき、初めて心が和むのです。そこに安らぎを感じるのです。

自然は優しく人を包み込むこともあれば、時に猛々しく荒れ狂う恐ろしい存在でもあります。いつの世も人間は自然を 畏れ敬って生きてきたのですね。忘れてはいけないことだと思います。