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大阪の子の学力低迷はなんでなん?

今春行われた全国学力テストの結果が公表されましたね。
全都道府県中、大阪府は小学生が46位・中学生が44位、そして大阪市は政令指定都市内で小中共になんと最下位

日々小学生や中学生と接していている身としては、信じがたい結果です。
3年前に卒塾した子(徳島から中2の冬に引っ越してきて、中3になってすぐにラフラーンに来てくれました) が
「大阪の中学はレベルが高くてテストで点数を取ることができなくなった。」と言っていたのは何だったのか。

松井知事は「大阪市の場合は家庭の事情が大きく関係していて、長年の教育格差を解消するには至っていない」と今回の結果に対してコメントしていましたが・・・。
大阪市には塾代助成事業として大阪の中学生の約半数が対象者とされている月額上限1万円までの塾代支援制度があります。
1万円では十分ではないのかもしれません。支援を小学生にも広げる必要があるのかもしれません。
ああ、それよりも特定の地域では既に実施されている学校内無料塾の拡大が 一番現実的であるようにも思います。
何か思い切った策を講じなければ、教育格差は縮まらないのではないかと思います。





学習の根っこが育つ、実感教育。ラフラーン

学習教室ラフラーン







当たり前のことだと思っていました。

関大一高の『入試前受験相談』の一件が物議を醸しているようですが、こんなものずーっと前から当たり前に行われてきたことですよね。何を今さらと思ってしまいます。
亡くなった夫は中高一貫校の教師をしていたので30年以上前からこの『制度』のことは知っていました。
ほとんどの私立高校の入試は形だけのものであって受験相談で○がつけばよほどのことが無い限り不合格にはならないのだ、と知ったときは さすがに驚きました。
でもすぐに この『制度』がなければ 中学校の授業は成立しないのだなぁと変に納得したことを覚えています。

今回の一件でこの『制度』は無くなるのでしょうか。
いや、この必要悪のような『制度』は今まで以上に表面的には見えなくなっても無くなることはないだろうと思います。
公立中学にとっても、私立高校にとっても生徒を繋ぎとめておくこの『制度』が無くなるとは思えないのですよ。

学習の根っこが育つ、実感教育。ラフラーン

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男女差別ではなく 区別

少し前のYOMIURI ONLINE KODOMOにこんな記事がありました。

神奈川県内の女子大学付属中高等学校の校長先生のお話です。
「男子は、突き放してもはい上がれる子が多い。勉強もゲーム感覚でやり、挑戦意欲を刺激することで伸びていきます。女子生徒は1人ではなく、みんなで頑張ることでお互いに切磋琢磨して力を伸ばしていくのが特徴ですね。また繰り返しやるドリル方式や、ほめることで安心感を与える指導法が効果的なようです」

本当、その通りですね。中にはゲーム感覚で勉強する女の子や、計算問題の繰り返しが好きな男の子もいるにはいますが、少数派です。

なるほどなぁ、そもそも男女は、身体だけではなく精神構造も違っているのですものね。男女の特性を生かして教育することは、今後必要になってくるのだろうなと思いました。

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星出彰彦さんのインタビュー記事から

昨日の朝日新聞に

宇宙飛行士の星出彰彦さん(45)へのテレビインタビューの記事が載っていました。
 
――日本の教育をどうみますか。という質問に 

 「マイナス面ばかりが目に付きがちだが、和を尊ぶという点では優れていると思う。初めて宇宙へ行ったとき、7人の中で私を含む5人は未経験者だったが、全員が『どうすればチームに貢献できるか』を常に考えていた。チーム仕事では、リーダーシップのほかにフォロワーシップ(補佐する能力)が非常に大切だ。後者に強い日本人は組織へ貢献できる」 と答えておられました。

世間ではグローバルリーダーの育成が常に論じられています。
元旦に若い論客たちの討論番組を見ていたときにも感じましたが、一生懸命とがった意見を言おうとしている様が見てとれました。

しかしながら日本人の資質としてはこの記事にあるようにフォロワーシップの発揮の方が期待できるように思えるのです。これは消極的な考えだとは思いません。
勢いのある若き企業家でさえ誰の力も借りずに事を成し遂げることはできません。大きな仕事をするためにチームを組むこともあるでしょう。自分をよく知り自分の役割を全うできる人が必要とされる人だと思います。

そのためには、子どものころから個々の子どもの自尊心を大切に育てることが大事だと思います。その子の長所を認めしっかり伸ばし育てることで、子どもは自信を持ってチームに貢献できる大人に育つのではないでしょうか。

『世界トイレの日』の前に

今日の朝日新聞の(ザ・コラム)に『世界トイレの日 インドを変える脱・野外』 という記事がありました。

「西欧による世界史支配の終焉(しゅうえん)」を唱えるシンガポールの元国連大使キショール・マブハニ氏(65)は著書で子ども時代を振り返る。「暮らしがいつ近代世界に入ったと思うかと尋ねられたら、間違いなくわたしはトイレが水洗式になった日だと答えるだろう。その日、わたしの生活は、魔法のように変化した。前よりも尊厳ある人生を送れるような気分になり、いつ来客があっても前ほど困惑せずにすむようになった。」

わたしも全く同じ思いをしたことがあります。
当時のわたしの家が水洗トイレになったのは、小学校の3年のときでした。学校から帰ってトイレに直行したとき、「わーい!!」と叫んだのを覚えています。朝学校へ行く前は汲み取り式のトイレだったのに、数時間後には水のタンクが天井にくっつけられた和式の水洗トイレに変わっていたのですから。

その少し前の日に、遊びに来た友だちがトイレに鍵を落としてしまい大騒ぎになったことがありました。もう諦めるしかないよ、と泣いている友だちを慰めていると、母は竿の先に曲げた針金をくくり付け始めました。何をするのかと見ていると、母は懐中電灯を照らしながらその竿を便器の底にするすると下して器用にひものついた鍵をひっぱりあげたのです。そして母はその鍵を何度も石鹸をつけなおしては庭の水道で洗い、新しいピンクのリボンを鍵にくくりつけて友だちに手渡しました。
母がたくましく見え、誇りに思ったものです。

母はすごい と尊敬しましたが、これからはそんな面倒なことをしなくても済む、と真っ白い水洗便器を眺めながら一番に思いました。

最近では用を足して立ち上がると水が流れる水洗トイレが家庭でもあるようで、それに慣れているのでしょうか、ときどきお土産を置いたままトイレから出てきている子もいます。
水洗トイレが当たり前の世の中だと思いがちですが、『世界で25億人がトイレにアクセスできず、11億人が野外での排泄を余儀なくされている。うち6割はインドに集中する。世界最大の民主主義国家がトイレ問題の中心にいる』と書かれています。

11月19日は『世界トイレの日』と国連が定めたそうです。これを機にトイレについてお家でも話し合ってみるとよいと思います。当たり前だと思っていることが実はそうではないということが たーくさんあるんだよ と話してあげてください。